ad:tech tokyo2018のアドバイザリーボードメンバーは総勢35名。業界のリーダーであるメンバーのみなさんからのデジタル広告、マーケティング業界への問題提起を事務局が連載形式でインタビューします(特集一覧はこちら)。
本年より株式会社デルフィスの常務執行役員に就任された土橋代幸氏は、トヨタマーケティングジャパンの取締役として、長く広告主の立場で業界に関わっていらしてきました。日本アドバタイザーズ協会(JAA)副理事長、電波委員長、全日本シーエム放送連盟(ACC)新事業検討委員長を歴任されてきた土橋氏に、広告主である企業宣伝担当者が今抱えている悩みを伺いました。
-土橋さんは電波委員長としてテレビ出稿に深く関わっていらっしゃいましたね。
テレビは今大きく変わっていますよね。私はよくクライアントの宣伝部の新人たちに「テレビどれくらい観てますか?」ということを聞くんだけど、もう「平日は1日あたり1時間以内です」って答える人が8割くらいなんですよ。それだと朝支度しながらの30分と帰宅してビールを飲みながらちょっと眺めるぐらいしか時間がないですよね。広告を作っている人たちがそんな状況なんです。自分は家の1階と2階のテレビをどっちも点けて、行ったり来たりしながら観るぐらいテレビやそこで流れる広告が好きなんだけど。
-では、若い人が「テレビを観なくなってきた」ということでテレビ分の予算はどんどんデジタルで使っていこうという流れが広告主の中で起きているのでしょうか。
2016年秋に日本アドバタイザーズ協会で各社の宣伝担当者へアンケートをとりました。「社内外からテレビ出稿をやめたらどうかと言われたことがあるか?」という質問に対して、100数社の回答のうち40社弱の担当者がテレビをやめたらどうか」と言われた経験があると。なぜそんなことを言われてしまうかというと、説明責任があるからです。企業のトップは株主や社会、ステークホルダーに対して説明責任があり、宣伝部長も会社や各事業部のお金を預かっている立場として社内への説明責任がある。だからテレビへの出稿は効果が見えにくいという評価を受けてしまうと、「やめてしまえ」と言われてしまうんです。
でも、実は説明責任って2種類あるんですよ。ひとつ目は効果効率の説明責任。もう一つがコンプライアンスの遵守ができているかという観点での説明責任です。デジタル広告は効果効率の説明責任を果たしやすいのがメリットですが、アドフラウドの問題がありますよね。宣伝担当者に「テレビやめたらどうだ」って言ってくる人に限って、「デジタルで騙されているんじゃないか」って聞いてくる。
-企業の宣伝担当者にとってはマス広告だけを継続していくことも、デジタルに完全に振り切ることもしにくい難しい状況なんですね。
みんな悩んでいます。顧客に直接アプローチするデジタルのマーケティングと、直接接点ではないけど広くアプローチできるマスマーケティング、2つの距離は近づいてきているところですが、社内の組織がまだ別々だったりするのも難しい点かな。
そして、今のデジタルマーケティングは使えば使うほどアナログの仕事が増えていくという課題もありますね。日々高速化していくPDCAに合わせて、別々に出てきたデータを集計。機械作業ができなくて手作業で統合する必要がまだあります。AIによっていずれ解決されることを期待していますが、デジタル業務に伴う人の手作業はまだ全然解決できていないので、働き方の観点からも課題です。請求作業ひとつとっても今は煩雑ですよね。
-テレビを中心としたマスマーケティングと、デジタルマーケティングは今後どのように交わっていくでしょうか。注目しているテクノロジーなどありますか。
5Gの世界がくると大きく変わってくると思います。4K放送って今の地上波だと容量が足りなくて放送できないんですよ。スマートテレビへの買い替えで、5Gのデジタル配信と既存の地上波放送が同じテレビ画面で見られるようにいよいよなるでしょう。観ている人はテレビを観ているのかデジタルを観ているのか意識しなくなってくると思います。その時には正確なデータ収集を行うこと、データに基づいたマーケティング要素を入れいていくこと、というふたつのテーマが出てきますよね。見た広告はどのデバイスなのか、放送で見たのか通信で見たのか、LIVEなのか何日後かの録画なのか、重複視聴はあったのかなど複雑なデータが必要です。この辺りはすでにニールセンやビデオリサーチが検討検討しています。そして、その複雑なデータに基づいたマーケティング戦略が必要になるわけです。
-すでにオンデマンド形式の動画配信サービスや録画機能、スマートフォン向けの動画サービスを通じた視聴体験に慣れている人も多いですよね。
ここまでくると15秒や30秒の既存のフォーマットにこだわる必要もないかもしれない。デバイスの進化とマーケティングの変化の先を読むのがとても大事になってきましたね。デバイスの進化でいうと、スマートスピーカーも面白い。アメリカはスピーカーと電話の連動でどんどん生活できるようになっています。スマートスピーカーがこの調子で広がっていったら今までの考え方だと広告の入る隙間がなくなってしまうな、とか、車が自動運転時代になればスマートスピーカーと連動できない車は「繋がらない車」になってしまうな、などのように変わる行動様式についていくことが必要ですね。
-行動様式の変化を感じた例はありますか。
自動車の購入までに検討者が販売店に足を運ぶ回数は、長年「7回」と言われていました。それがスマートフォンの普及で一気に購入までの来店回数は「1回」になったのです。「5回」や「3回」の過渡期はなくて、いきなり1回になった。デジタルで情報を集めて比較するバーチャルな訪問が可能になったことで、契約をする最後の1回だけ店舗にやってくるように自動車購入までの行動様式が変化しました。でも、検討期間は変わらず2ヶ月間。変わらない部分は変わらない。
-そこまで急な行動様式の変化についていくとなるとマーケティングは大きく変わってきますね。
ただ、広告倫理は忘れないようにしたいですね。デジタルマーケティングはチャレンジすることばかりが先立ってしまってマーケティング倫理がぐちゃぐちゃになってしまっている。海外ではメディアの出稿を企業が止める事態まで起きていますよね。地道な話ですが、説明責任が果たせないと良いマーケティングはできないのです。
(聞き手:事務局 堀)
<プロフィール>
土橋 代幸 株式会社デルフィス常務執行役員
1984 (昭和59)年4月トヨタ自動車株式会社 入社(財務部)
1990 (平成02)年10月 宣伝部
2008 (平成20)年1月 レンタリース部
2011 (平成23)年1月 (株)トヨタマーケティングジャパン
2012 (平成24)年1月 (株)トヨタマーケティングジャパン 取締役
2018 (平成30)年1月 (株)デルフィス出向 顧問
その他の主な役職
・日本アドバタイザーズ協会(JAA)副理事長、電波委員長
・全日本シーエム放送連盟(ACC)新事業検討委員長
ad:tech tokyo 2018の詳細はこちらから
イベント概要
開催時期: 2018年10月4日(木)、5日(金)
開催場所: 東京国際フォーラム 東京都千代田区丸の内3丁目5−1
公式サイト:http://www.archive.adtech-tokyo.com/ja/