ad:tech tokyo2018のアドバイザリーボードメンバーは総勢36名。業界のリーダーであるメンバーのみなさんからのデジタル広告、マーケティング業界への問題提起を事務局が連載形式でインタビューします(特集一覧はこちら)。
今回はソネット・メディア・ネットワークス株式会社の谷本秀吉氏が登場。ad:tech tokyoには2009年の第1回からすべて参加し、海外のad:techにも足を運ぶなど、広告とテクノロジーの関係を見つめてきた谷本氏は、AIが「幻滅期」に差し掛かったと見ているとのこと。その理由を伺いました。
―昨年4月から参画されたソネット・メディア・ネットワークスで、どのようなお仕事をされているのですか?
ソネット・メディア・ネットワークスは、ソニーグループ内のマーケティングテクノロジー会社という位置付けで、ソニーのDNAといえる技術を活かした広告会社です。高度な技術によるDSP(広告配信最適化プラットフォーム)と、人工知能(AI)のアルゴリズムをマーケティング領域に活用したダッシュボードを提供しています。
AIの適用は今後どんどん進むと思いますが、AIそのものを開発することは企業にとってハードルが高いもの。当社はAIを開発する力があるので、それを企業価値として提供していくことを推進しています。
この会社の一番の強みは、非常に高いスキルを持った人員を擁していて、技術的なアプローチで課題解決できるという点です。ただ一方で、広告領域はテクノロジーが全てではありません。企業ニーズの掘り起こしや、ユーザーにとっての広告価値を技術で高めることが一体どういうものなのか、それらを最適にフィットしていかなければ広告そのものや企業のマーケティング活動自体が、ユーザーから嫌われてしまいます。これは私が入社してからの1年半でもっとも心掛けていたことで、手ごたえはあるものの、まだ大きな課題としてとらえています。
―どのようなトレンドに注目していますか?
2012年前後から、ビッグデータのマーケティングへの活用が重要なテーマとして注目され始めました。でも今に至るまでの状況を振り返ると、ビッグデータは「生かすも殺すも人次第」というところに帰結しがち。成功事例が出てきた反面、多くの失敗や課題も溜まってきているのではと感じます。AIをどれだけバリューチェーンの中に組み込めるかというのは、どの企業にも当てはまる課題で、まだまだ多くの余地が残されています。
例えば、これまで広告配信の設計は人間によってプランニングされてきました。しかし今後は、人間はよりマクロな戦略思考を担っていき、実行はAIやロボットによる自動化に置き換わっていく。AIは人間の仕事を奪うのではなく、人間の役割をもっと高度なものへとシフトしていくのが、理に適った形ではないでしょうか。
―AIを導入している企業は、多くなっていますか?
レベル感でいうと、まだまだですね。というより、そもそもAIの定義が曖昧ですよね。例えば、何かを予測するのではなく、あらかじめ決められたルールにのっとって動く「弱いAI」は、非常に多くの企業が導入しているように見えます。
一方で、セレンディピティ(偶然の出会いによる予想外の発見)は必然的に作り出せるのではないかという研究が学会や広告業界で注目されています。そうした、AIが学習して予測し、人に迫るような能力または、そもそも人が到達し得ない領域を担う「強いAI」の開発や適用においては、成功事例は決して多くないですね。
―今回のad:tech tokyoでは「AIとマーケターの棲み分け方」をテーマに掘り下げるセッションを担当されますね。
AIはバズワードになっているので、取り組みやすい雰囲気があります。でも、いざ本腰を入れて取り組んでみると、結構大きなプロジェクトになるのです。経営層が半信半疑なまま「話題になっているから、自分たちもやらないと」という感覚で着手したり、会社としての大きな方針が定まらないまま、こぢんまりと進めてしまうAIプロジェクトは多くの場合、頓挫してしまいます。
AIは手段ですから、AIテクノロジーの活用の先にどのような未来があるかを、ある程度描けていないと厳しい。ビッグデータの活用はまだ過去事例が少なく、これから作っていかなくてはならない領域です。そうすると誰かが旗振り役となって、牽引していかなくてはなりません。でも今はAIの「幻滅期」にあると思っています。
―もう幻滅期ですか?
AIに過度な期待を寄せすぎるあまり失敗したり課題を残すケースが、現実問題として結構多く出てしまっているのです。特に日本ではアニメや映画の影響もあり、AIというと人間の会話に自動で答えてくれる「ドラえもん」のようなロボットをイメージされる方が多いのです。でもそれは「強いAI」の領域です。
もちろん、強いAIも今後はビジネスにおいて大いに期待される技術です。しかし実際に普及しているのは、広告の最適配信や、天気や株価の予測といった特化型の「弱いAI」。そこにギャップが生まれていて、想像したものと違う、とがっかりしてしまう幻滅期に差し掛かっていると感じています。
私は、「弱いAI」に大きな可能性が秘められていると思っています。今後数年で、AIの適用は当たり前の時代になっているでしょう。本質的な成長にAIがどのように貢献するか、それを創出する時期なのではないでしょうか。
―谷本さんのセッションでは、そのギャップを縮めていく予定ですか?
広告・マーケティング業界の方々は、テクノロジーの話題は門外漢だと構えてしまい、「生かすも殺すも人次第」という話に帰着してしまうことが多いように見受けられます。でもそろそろ何かを実行に移して、人や組織が進化し、ロードマップの中に軌跡を残すべきタイミングです。5年後、10年後にどうなっていくか、世界に対峙する日本企業の競争力はどこにあるのか、議論していきたいと考えています。
(聞き手:事務局 堀)
<プロフィール>
谷本 秀吉
ソネット・メディア・ネットワークス株式会社
アドテクノロジー事業 執行役員
1998年 総合広告会社にて、マスメディアとインターネット広告のメディアプランニングを担当し、2002年にGMOインターネットグループの総合インターネット広告会社であるGMO NIKKO株式会社(当時 株式会社日広)に入社。2013年 常務取締役に就任し、DMP開発やビッグデータ解析、コミュニケーションプランニング部門を担当する。2017年4月、ソニーグループのマーケティングテクノロジー事業を展開するソネット・メディア・ネットワークス株式会社に入社し、2017年8月よりアドテクノロジー事業を管掌。ソニーグループで培われたAI技術をマーケティングに応用したソリューションを提供している。
<ライター:田崎亮子>
専門誌出版社で環境・CSR・広告・広報の雑誌編集に携わった後、制作会社で広報誌、CSRレポート、会社案内、学校案内などの編集を担当。2016年からフリーランスとして、広告・マーケティングなどの領域の、編集・執筆・翻訳に携わる。