「デジタルの気持ち悪さを解消したい」 CMO目線で見るデジタル化
吉野家 田中 安人 氏

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2018-04-19 BY うえの みづき

ad:tech tokyo2018のアドバイザリーボードメンバーは総勢35名。業界のリーダーであるメンバーのみなさんからのデジタル広告、マーケティング業界への問題提起を事務局が連載形式でインタビューします(特集一覧はこちら)。

6人目に登場するボードメンバーは株式会社吉野家CMO田中安人氏です。日本にはまだ少ないCMOというお立場でブランドを牽引する田中氏に業務の内容や、事業のデジタル化についてお話を伺いました。

-田中さんといえば、昨年ご登壇いただいた「ロングセラーブランドのデジタルマーケティング戦略」セッションで「吉野家の幹部に『自社のイメージって?』と聞いてまわってみた」とお話しされていたのが印象的です。

役員たちに「吉野家を芸能人に例えると?」と聞いたら、職人気質なイメージのある菅原文太さんや高倉健さんといった大物俳優の名前が多く挙がった、というエピソードですね。私はカスタマーサティスファクションを向上させるにはエンプロイーサティスファクションがまず前提になると考えているので社内のメンバーが抱いている自社イメージやブランドの本質を探ろうとした質問だったのですが、「往年のスターのお名前では今の若い世代に伝えるのが難しいです……」という結果になりました。メッセージを今の世間に発信していくためには、今の時代で伝わるものでなければいけません。時代が違うのだから表現は新しくてもいいじゃないか、ということです。それこそ、俳優さんでいえば2016年放映したTVCMでは菅田将暉さんに昭和34年の吉野家築地一号店の職人の格好をしてもらいました。とても似合っていて、今の人たちにもブランドが伝わるかっこよさでした。

-ブランドの本質部分から紐解いていくとはブランド経営のかなりコアな部分から携わっていらっしゃるのですね。日本の企業にはまだ田中さんのようにCMO(Chief Marketing Officer)という役職の方は非常に少ない印象ですが、業務について教えてください。

「社長の夢実現担当」がCMOです。私たち吉野家の場合でいえば、商品開発から、出店計画、広告宣伝まで全てに関与するのが仕事です。吉野家グループに参画した当初は宣伝企画部長だったのですが、その立場だと他の部署には首を突っ込みづらい。やはり開発から関わっていかなければ、世の中へのアピールもうまくできないですよね。商品開発はどうしても開発に関わった人の思い(エゴ)が込もったものになりがちです。それを何回もマーケットに発信して価値を問うことで、「お客様の欲しいもの」に変化させていきます。

-確かに統合的なマネジメントはCMOという立場でないと難しそうです。そこまで多岐に渡った業務ということは、やはりデジタル化もご担当なさっているということでしょうか。

そうですね。ただ「データがとれました!」というデジタル化では不十分ですので、社内のリテラシーを上げることも含めて、本質を見極め、デジタルやテクノロジーの波にいかに乗っていくかを俯瞰して考えるのが仕事です。目的は「デジタル化」ではなく、ブランド価値を上げ、売上を上げ、来店客数を上げることですから、手段としてデジタルを使うかどうか、という話です。

-では、デジタル化について幅広く検討されているなかで、課題はお感じになりますか。

マーケットとテクノロジーの成長がまだ揃っていないですね。例えば、デジタル広告はそれまでのマス広告に比べて、広告を受け取った人のアクション率というのは確かに高いです。しかしながら、まだ母数が出ない。率が高くても掛け算する母数が少なければ最終的な来店数や売上の数字はまだ従来のものに追いつけないのです。また、デジタルの精緻さゆえの「気持ち悪さ」が残っている点も解消しなければいけないと思います。

-デジタルの「気持ち悪さ」とは?

「ターゲティング広告に追いかけまわされている」というような感覚などでしょうか。デジタルへの忌避感というのは対お客様だけでなく、働く人たちにおいても課題です。デジタル化によって人がやるべき業務が減ると仕事がなくなってしまうのではないか、と恐れられてしまうことがあります。「あなたが今やっている作業は無くなるかもしれないけれど、ブランド全体の価値は上がるし、あなたはもっと上流の仕事ができるようになるよ」ということを整理して伝え、理解してもらい、組織のリテラシーを上げていく過程です。

実際、デジタルやテクノロジーは従業員の労働負担を軽減させる可能性を持っています。シニアの人が働きやすいようにロボットの研究を進めたり、様々な国籍の従業員にも業務のことを理解してもらえるようマニュアルを多言語化したり、取り入れているところはたくさんあります。そして、今は築地の店長のスキルをデジタル化したいというのが目標です。

-築地の一号店の店長さんのスキルをデジタルに、とはなかなかピンとこないのですが……

築地店店長は、毎日やってくる1500人の常連さんたちの注文メニューを完全に覚えているんですよ。吉野家の牛丼には「汁だく」や「汁ぬき」「ネギだく(多め)」などのカスタム注文が数多ある。「この人はいつも汁ぬきだな」「こっちはネギだくだ」と全部覚えていて、お客様が何も言わなくてもそのお気に入りのメニューをスッと出す。中でも、熱々のご飯ではなく冷たいご飯に変える「つめしろ」という注文があるのですが、提供するご飯を冷やしておかなければいけませんから、つめしろ好き常連さんのルーチン来店時間を把握して逆算してご飯を冷やすなんてことまでしています。そこまで自分のことをわかってくれるというサービス体験は感動ですよね。記憶に残ると思います。でも、このサービスは築地の店長の特別なスキルなので残りの1200店舗では今はできません。そこでデジタルの力でどの店舗でも再現できるようにしたい。デジタル化のためにデジタルにするのではなく、お客様の体験のためにデジタルにするのだ、というのがわかりやすい例です。

-本質を忘れないことが重要ということですね。

テクノロジーはオペレーションシステムなので、そこに人による「行為」が乗って、初めて感動が生まれます。テクノロジーが進化していくなかでは、人間が人間にしかできないことをやって行かなければいけません。私は「人間が想像できることは絶対実現する」と信じているのです。最高のアイディアは妄想から生まれるでしょうし、「理論上できる」と言われるものはデジタルでもテクノロジーでもなんでも実際にできると思います。素朴な質問や疑問も思考を止めずに考えて、知っている人にどんどん聞いていく。情報は最高の価値ですから、自分で情報を集める為に行動することが大事ですよね。

<プロフィール>
田中 安人
株式会社吉野家 CMO
コミュニケーションコンサルタントとして組織のコミュニケーションをPDCAで回しながら業績に貢献する手法を実践。
マーケティング領域で多数の業種、業界をコンサルティングしながら、吉野家ではCMOとしてマーケティング総括を担当。
[その他]
株式会社グリッド 代表取締役社長
公益財団法人日本体育協会スポーツ広報委員として、日本のスポーツの未来設計を担当

ad:tech tokyo 2018の詳細はこちらから

イベント概要
開催時期: 2018年10月4日(木)、5日(金)
開催場所: 東京国際フォーラム  東京都千代田区丸の内3丁目5−1
公式サイト:http://www.archive.adtech-tokyo.com/ja/

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